国産の無線機やアンテナの歴史


1952年、アマチュア無線が再開された間もないころ、当時はまだ真空管が主流の時代でした。当時はまだテレビの放送が開始されておらず
ラジオもAMのみでした。
この当時には民生用のリグやアンテナといった機材を発売するメーカーは存在しなかったので、アマチュア無線を始めるには自分で回路図やパーツを集めて組み立てていく他なかったのです。
もちろんそれらの部品もそこらへんのお店で売っているわけではなかったので、ラジオや軍用の放出品のジャンク品から取り外してくるというのが一般的でした。

アマチュア無線が再開されてから昭和27~30年頃までににかけては、こういった状況でした。

その後40年代に入るとエレクトロニクスの時代に突入し、ラジオ技術は発展期に入ります。
それまで一般的だった真空管に変わるパーツ、トランジスタが登場し、SONYが完成させた世界初のトランジスタ型ラジオ「TR-55」は革命的な出来事でした。
TR-55
一般的にトランジスタが手に入るようになったのはTR-55の登場から数年後になります。
当初は性能が低く、音響機器の用途には向いてるが通信機の高周波にはとうてい使い物にならないとされていました。
しかしながら、これを愛好家の間でどうにか使い物に出来るようにしようと試行錯誤を繰り返し、結果的にその壁を乗り越えることに成功してしまいます。
使えない物をどうにか実用出来るようにしてしまうという点が愛好家ならではといった感じですね。

トランジスタはサイズが小さいので、VHFやUHF向きなのは一目瞭然なので多くの愛好家が自作に励むようになりました。
こういった用に当時はプロだけでなく、アマチュアも電子技術の発展に貢献していた素晴らしい時代でした。

その他にはMCA無線などで使われている移動用の周波数はアマチュア用に設けられているVHF/UHFの周辺にあります。
一方、ハム人口が昭和60年代に入るころには100万局を超えていたのでリグで使われる半導体デバイスも民生用として開発しても採算が見込めました。
この頃はメーカー同士が競ってアマチュア無線用のデバイスを次々に市場に投入し、技術資料なども容易に手に入れることが出来ました。
この背景によって、メーカーが民生用機器の開発で培った技術は、業務用の本格的な機器作りにおいて大きく役立ったとされています。

このほかにも掘り下げれば、このほかにも多くの出来事などがありますが、今回はココまでとさせて頂きます。
次は通常通り買取の更新となると思いますが、また改めてこういった情報をお知らせしていければと思います!